先日の話。
朝の6時30分、携帯電話が鳴った。知らない携帯の番号からだ。
この時間に電話がかかってくることがほぼないので、ちょっと驚きつつ、
眠かったので、出たくないな~と思ってやり過ごしてたら鳴りやんだ。
と思ったら、また鳴った。
何か仕事とか緊急の電話だったらマズいなと思って、思い切って出る。
僕が「はい」と言いながら電話を取ると、
「中(なか)の男やろ。アホな中の男やろ」
関西弁で、おじいさんのかすれた声が聞こえてきた。
怒ってるってほどの強い口調ではなかったけど、言い方は切迫している感じだ。
ギョッとしながらも「間違ってると思いますよ」と伝えると
ちょっと落胆した感じの声で「すんまへん」と言って
おじいさんは電話を切った。
朝っぱらから何なんだ! と思いつつ、
自分のトラブルの電話じゃなかったことに
とりあえず安堵してたら、またかかってきた。
「またかよ!」と思ったので、
今度は電話に出るなり、僕から「間違ってますよ」と伝える。
おじいさんは、「あっ」と弱々しく言って、すぐ電話を切った。
これで安心と思っていたら、また同じ番号から着信が。
さすがにもう出る気がしなかったので、ほっといて寝てしまった。
それから着信は無くなった。
起きてから、あの電話はなんだったんだと、あらためて考える。
「吉田さんですよね」とか、別の人の名前を言われたのなら
わかりやすい間違い電話だと判断がつく。
でも、おじいさんが話したかったのは、あくまで「中の男」だったのだ。
僕はいきなり「間違ってますよ」と言ってしまったけれど、
もしかしたら自分が「中の男」だったのか…何らかの意味で
(名字にも「中」がつくし)。
とはいえ、「中の男やろ」と言われるほどの要素はないような。
やっぱり僕じゃない気がする。
「中の男」
そんな漠然とした呼びかけ方があるか!
もちろん、この世界は広いので、関西弁のおじいさんから
「中の男やろ」と言われて、即座に「ハイそうです」と
答えられるツーカーの関係性があってもおかしくはないわけですよ。
でも、「中の男」という、極めて限定されたキーワードをたよりに
何度も電話をかけてくる、しかも朝の6時半に、っていうのは、
事情を知らない僕からすると、少なからず異様な雰囲気を感じてしまった。
おじいさんは、どんな理由で「中の男」と話したかったんだろう。
朝早くから何度も電話してまで話したかった「中の男」とは誰なんだろう。
今さらすごく気になってくる。
友人にこの話をして、「おじいさんに詳しく話聞けばよかった」と言ったら、
「それ首突っ込んじゃダメなやつじゃない? 世にも奇妙な物語みたいになりそう」
と言われた。なるほど、そっかそんなもんか。何かそんな気もする。
不思議な物事に興味本位で首突っ込んだために、トラブルに巻き込まれちゃう的な。
ささいな偶然で、普段はまず現れることのない「何か」が僕の前に一瞬姿を現した。
ん~、掴まなくてよかったような、掴んでおけばよかったような。
怖いけどのぞいてみたい、あなたの知らない世界。
日頃、直接にふれることのない、異物感や非日常感を、肌で感じた気になった。
なんだか普段動かしてない筋肉を動かして、筋肉痛になったような気分だ。
きっと、おじいさんには、
その行動に駆り立てられるだけの正当な理由があったんだろうなあ。
はっきり言って、なんだか狂気じみている電話だったので
「間違ってますよ」と伝えたときに逆ギレされるんじゃないかと
一瞬考えたのだけれど、予想に反して弱々しい声で謝られたのが印象的だった。
あのおじいさんは、「中の男」に出会えたんだろうか。
世にも奇妙な……
どうせ電話するならラブリーな方がいいに決まってる。