投稿者「中塚 聡」のアーカイブ

笹塚ごはん事情

唐突に、僕らの練習の日の話でも。

ハローホークは日ごろ、笹塚のスタジオで練習に入っています。

だいたい土曜に、朝の10時か11時から始めて4時間練習!というのが相場です。
この時間帯だと、練習のあとでもけっこう時間が使えて都合が良いのです。

ここで練習しだしてから、かれこれ4、5年くらいにはなり、そろそろ笹塚系とか呼ばれても差し支えないくらいな僕らなのに、いまだここ笹塚で悩まされる、大きな問題があります。
それが「練習後ごはんどこで食べようか問題」!

何が問題かというと、お店は程よくあるのだけれど、意外と気軽にごはん食べ行くお店が無い!
それこそ笹塚来て最初の頃は、果敢に歩き回ってお店を探していたのだけれど、僕らのリサーチ力では、いまいちしっくりくるところがありませんでした(某ラーメン屋で食べたら、歯ぐきで切れるくらい麺がフニャフニャだった!怒!)。

あと基本的に、練習の後は重い楽器を背負っているのであまり移動したくない問題!もあります。
極端な話、楽器持ってると、通常100ある行動力が、12くらいになるんですよ。
なので、駅とスタジオの往復以外で横道にそれたりするのが面倒くさくてくさくって。
わざわざルートから逸れて発掘しに行って、失敗したら大損じゃん!という、団塊世代が聞いたら嘆かれそうな現代っ子特有の弱気マインドをついつい発動させては、開拓精神のカケラもない負のスパイラルに陥ってるわけです。

しかも、スタジオすぐ横のインドカレー屋「バラト」が、おいしいし居心地もいいしハマケンを浅黒くしたような店員さんの愛想もいいしなので、よけいに開拓しなくてもいいかってな気にさせるのです。

※(ちなみに以前、開拓精神にあふれるみなとまち中里による「笹塚おしゃれカフェ、死の行軍事件」という惨事があったという事を記しておきます)

そんなこんなで、リスクを冒すもんかというガッチガチ保守本流ごはんを貫き通し、食べログで笹塚を検索することすら放棄するエヴリウィークエンドを過ごしている僕ら陽気なハローホークですが、せっかくこの地で練習しはじめて早幾年。もうバンドも5年目。なおかつ社会人だしアラサーだし、笹塚は俺に任せろ的なアニキ感演出してってもいいだろっていうことで、ドヤ顔しながら人にうまい店を教えてみたい!とかは少しくらい思うのです。

と言ってたら、WEB本の雑誌、にこんなページが!
「笹塚くうねる日誌」


本の雑誌は、椎名誠さんとかが中心になって作った雑誌。
僕はこう見えて、中2以来、生粋の椎名誠っこなのです。
すっかり忘れてましたけど、本社笹塚だったんですよねー。
そのホームページ内で、編集部の宮里さんという方が日々のランチをアップするページがこれ。
地元の銘店も紹介しながら、松屋とかcoco壱も織り交ぜてるところが、リアルなランチ日誌として信用できます。

これ見ると、掲載のお店は重複しているけれど、けっこう知らなかった店があって、しかもうまそうで、新鮮!色々あるんだな~。純粋に参考になります。特に、駅とは逆方向だけれど、中華の鍋屋が気になる。これは楽器の重さに耐えつつ、やる気を36くらいにしても行ってみたいなと思わせます。

ただひとつ問題が。
僕らがだいたい練習を終えてシャバ(a.k.a.外)に出てくる時間には、ここに掲載してるお店が閉まっているという、根本的にして最大の問題…。掲載の店は、14時半ラストオーダーで、夜営業は17時から、とかいうところが多く…。これは、重大な選択を迫られているのではないか!

土曜の昼間を練習に当て続けてきたハローホークは、今重大な局面に立たされた。
笹塚ランチ界からの挑戦状を突きつけられ、我々はただ立ち尽くすのみ…。

短く書こうとして、また長くなってしまった。
さ、寝よう。

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MOD LUNGありがとうと伝えたくて伝えたくてふるえる

今回も長めに書きました。

MOD LUNGが解散ということで、非常に寂しい想いをしております。
しかしまずは、お疲れ様でしたと言いたいです。
寂しさはもちろんあるのですが、矢田さん、安原さんは、解散と同時に、THREE MINUITE MOVIE足達さんと新バンドを始動させるということなので、そちらに期待したいです。大地もTIN SOLDIERSはやっていく、んだよね?当然のように楽しみにしてます。

ドラムの岡田もツイッターで触れてましたが、僕らはMOD LUNGというとやはり思い入れがあります。
まず、僕らが矢田さんや、元ベースのコウタさんの大学の後輩ということ(僕だけサークルは違うけど)はあるんですが、何より刺さったのは、矢田さんがMOD LUNGを始めたタイミングが、僕が大学2年生くらい、USインディーやエモ、ポストロックなんかに興味を持ちだしたころだったということです。

THIS WORLD IS MINE、LINEなどをやって来た、あの”エモプリンス”矢田さんが新バンドを!と言って、サークル周りでザワザワ盛り上がっていたのですが、僕はその2バンドをほとんど知らなかったので、何だかあまりよくわかってないまま、周囲の盛り上がりに「何となく面白そうだ!」と便乗してみたのがきっかけで、結局音源聞いて、ライヴ見て、そこにずっぽりハマって興奮したのでした。

メロディックやエモを通過してきたあとに鳴らされた、暖かみを増したインディーロック的なサウンド!USインディーへの憧れが特に強かった(PEAK WEEKとか行って、マジで最高だった)当時の僕にはド直球に来たのです。1st EPの「rockin’g mammal times」は、自己評価が低いということなんですが、僕はかなりの影響を受けています。

MOD LUNGの影響はとても大きくて、大学卒業して岡田とスタジオ入るようになり、いざ音を鳴らしてみると、それが音にモロに出てました。ちょうど卒業したくらいのタイミングで、1stアルバムが出たということもあったし。その後1年くらい経って伊藤ちゃんがハローホークに加入してからも、けっこう試行錯誤があって、結局納得いく曲ができるまでに、トータルで2年くらいを要したのです。
結成当初は冗談交じりで、「身内の企画でMOD LUNGと対バンして、POWER ELEPHANTからリリースが目標だな~」というのもよく言っていました。

MOD LUNGから、というか矢田さんから、影響を受けたのは、音楽的な部分もさることながら、バンドを続ける姿勢、みたいなこともあったように思います。
社会人やりつつ、バンドもやっていく。今考えれば、周りでは割と当たり前なんですが、大学当時はインディー的な状況に今よりも詳しくなかったので、そういう姿勢がとても新鮮に見えたのです。
平日はバリバリと仕事して、土日でライヴ・スタジオ、音源も作って、国内で築いたローカルなつながりがあって、呼ばれてツアーも回る。しかも矢田さんが一味違うと思ったのは、「仕事の借りは仕事でしか返せない!」という発言に見られるように、社会人としての覚悟、にとても自覚的だった点。
色々なやり方があっていいと思うんですが、こういうことをはっきり言う、というのはかっこいいな、と思いました。

僕らとしてはもちろん、POWERELEPHANT!から念願の1stアルバムをリリースしてもらって、感謝も大きいです。bedやdOPPO、toddleやWE ARE!、herpianoなど、大好きなバンドとつながりが持てたのも、矢田さんがハブになったところも大いにあったと思います。

と、散々持ち上げてきましたが、レーベル社長と所属バンドとして、矢田さんとだいぶ近くなってしまった僕らからすると、上に書いたようなことは、ウソではないし、実感ではあるんですが、”エモプリンス”及び社会人の先輩としての尊敬もありつつ、今では正直、”三谷幸喜似おじさん”としての、ゆるい振る舞いの印象も強いというのも事実です。
さっき挙げたバンドのメンバーからも、しょっちゅういじられたりしているし、僕らもレコーディング中に面白エピソードを間近でいただくこともできました。

僕が言うのはすごい偉そうだし、おこがましい、という点には目をつぶってもらいたいと思いつつ書きますが、MOD LUNGも、歳を経て変わっていく音楽的嗜好や、生活の様々を、生きざま的に音で表現していくところが魅力のひとつであったわけで、”プリンス”として伝説みたいにならずに、みんなから愛あるツッコミをもらう矢田さん、というのも、また魅力的な歳の重ね方だなと思うのです。

なので、解散に伴う寂しさも感じつつ、次はどんな音を鳴らしてくれるのか、楽しみであるし、必ず対バンしたいな、と思います。僕らも続けていきます。

まだ書き足りない点もあるような気がしますが、とりあえずこんなとこで。
影響を多々受けたぞ!という点を感じてくれたら幸いです。

聞いたことない人は是非聞いてみましょう!まだ音源は入手できるはず。

前も書いたかもしれないけど、僕はex.MOD LUNGのコウタさん(現groaning groove)のベースラインは、1,2を争って好きだし、影響受けまくりだぞ、という点も付け加えておいて、さようなら!

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せんだいったん!

仙台行ってきました。先週の土日です。
個人的には、ハローホーク専属ドライバー、ミスターテキトーこと山川と、もう一人の友だちと3人で来て以来、2年半ぶり。そのときはひたすら無計画に観光してたんですが、今回は誰が何と言おうとライヴしに行ってきました。

そして今回も、着くなりベタに牛タンを食べました。
「㐂助」
適度な歯ごたえと味わい、甘辛い仙台味噌のたれがかかった牛タン。
おいしゅうございました。

遠征の移動中も、ライヴ後の打ち上げでも話題になったのが、
「なぜ仙台=牛タンなのか」問題!
市内は牛タンのお店が多く、消費も多いであろうに、さりとて、仙台で牛の生産が盛んかというと、必ずしもそうでもなさそうだぞ、というのが疑問のもと。地元の名産だということが明確であれば、まあ納得なのですが、それならば、「タン」だけでなく、牛を食べること自体がもっと盛んでもいいはず!と、疑問がむくむく!移動の車内でも打ち上げ会場でも、大議論ハッスルで、韓国の国会ばりに掴み合いだったんです。地元の人も、由来をあまり知らないようで、血だらけになりながらもその場では答えが出ず、帰宅して調べてみました。

はたして、こちらに、その答えが載っていました!
http://www.gyutown.com/about/history.htm
http://www.aji-tasuke.co.jp/history.php?PHPSESSID=cjah6e6165j4gcjtachab3csv7

ざっくりとかいつまみますと、戦後間もない昭和20年代当時、焼き鳥店を経営していた「太助」創業者の佐野啓四郎氏が、戦後の食糧難にあえぐ中「何とかヒット商品を生もう」と考え、洋食店を経営する友人に助言を求めたところ、勧められたのが「牛タン」であった、と。その後、苦心しまくって試行錯誤を繰り返し、今見られるような「牛タン焼き」が完成!したんだそうです。当時から、牛タンそのものは地元の名産、というわけではなく、佐野氏も、その入手には大変苦労していたとのこと。
今はアメリカ産とかオーストラリア産を使っているところがほとんどらしいので、名物とは地場のものに限らないのですね。大分の佐伯行ったときも、大分は鶏食が盛ん(実際調べたら消費量1位だった!)、ということで、鶏のお店(「由布」うまかった!)に行ったんですが、さりとて地元で養鶏が盛んなわけでもない、とのことだったので、これも何らかの事情があって鶏をよく食べるようになったんでしょうね~、って話してたことを思い出しました。食に歴史あり!これからも遠征の際は、名産を食べつつ、気まぐれに謎に迫ったりしてみるかもしれません。

と、全然関係ない食のことを書き連ねつつ、目的のライヴですが、
今回、仙台の人々に、非常に温かく迎え入れてもらえた!ような気がしました。
お客さんは、決してたくさんということではなかったのですが、それでも熱心に見てもらえた、ような気もしました。これが素直な実感。

そして僕らを呼んでくれた佐々木くん(ナイスガイ!)率いるAIN’T ME、またmaggie loves saltの地元バンドかっこよかったです。音源ほしい!
Ohayo Mountain Roadも初見でしたが、とてもかっこよく、ライヴ終わったあと、酒井さんに「僕、BREAKfAST時代から、酒井さん見てます!」と、あこがれの先輩に話しかける的な感じで話しかけたところ、あのいい声で「このホモ野郎!」と罵られて、いい思い出ができました。

今回呼んでもらって、さっきも書いたけれど、なんだか温かい感じで迎え入れてくれて、やっぱり呼んでもらって愛情を感じると、行って良かった!と思えるもの。願わくば、次行くときは、もう一回り大きくなっていたい…!また行きたいです。

次回は伊豆へ行きます!
3月にあるライヴは3本とも乍東十四雄に呼んでもらっています。感謝!

“IZU YOUNG 1″ by 乍東十四雄

3/3(土)
@上うなぎ丸平の蔵(静岡県三島駅徒歩12分)

Act:
DIEGO
MANT
Hello Hawk
乍東十四雄
スーパーOTOTOI GROUP

14時〜19時半
1800円(ドリンク代不要・持込ok)
FOOD:ろたすのギョーザ

こんなところでやります。
乍東十四雄のHPより転載です。

場所はここ!

よろしくちゃんです!

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